元祖アジサイ寺・北鎌倉明月院探訪記

　「灯台下（もと）暗し」という言葉がある。言うまでもなく、灯台の真下はあかりが暗いように、手近の事情はかえって分かりにくいということを示す言葉だ。

　私にとっての「灯台下暗し」は明月院（めいげついん）。アジサイ寺として広くその名が知られているというのに、じつはアジサイの時期にその境内に足を踏み入れたことが・・・ない。

　これはアジサイの時期は仕事が忙しくてそれどころではないという事情があるにしても、仮にも「北鎌倉なま情報局」というホームページを運営している者としては、やや情けない。

　いや、かなり情けない。

　うんにゃ。すご〜く情けない。

　というわけで6月のある日の朝、デジカメをぶら提げて明月院に向った。

　JR横須賀線に乗って北鎌倉まで来たならば、駅前広場のある表口の方ではなく、円覚寺のある裏駅側に降りる。
　あとは横須賀線の線路に沿ってまっすぐ歩いていくだけ。アジサイの時期ならば人の流れに乗っていけば迷うこともなく明月院までたどり着ける。


　横須賀線の線路を離れ、明月川が流れる道になるともうそこは明月院通り。
　これは後ろを振り返って写した写真だから明月川が右に見えているが、実際には参道の左側に流れている。

　正直いってちょっと前までは汚いドブ川のような川だった。しかし数年前に下水道が完備されて生活排水がほとんど流れ込まれなくなってからは随分ときれいになった。
　今では覗き込むと小さな魚が泳いでいるのが見えるし、夏にはホタルも舞う。


　この明月院通り、人力車と出会えたり、一面にアジサイが植えられている場所があったり、大変風情のある道なのだが、ご覧のとおり仮に平日でもお昼近くともなると原宿並の混雑になってしまう。これではアジサイの風情など味わえたもんじゃない。

　ではどうしたらいいか。朝一（あさいち）を狙うのだ。

　通常明月院の拝観時間は9時からだけれど、アジサイの時期だけは8時半から入ることができる。この8時半という時間を狙うのだ。

　この作戦は我ながら大正解だったようだ。


　ここは明月院の入り口。ご覧のようにギャル風の女性はいたものの、別に行列ができているわけでもない。
　もう余裕で中に入ることができた（ちなみに拝観料は300円です）。


　そしてこれが明月院の中にある山門と鎌倉石の階段。この場所が明月院において定番のアジサイ撮影ポイントになっている。


　しかしご覧のとおり、ここには必ず観光客がたむろしていて、山門とアジサイだけの写真など、まず写せない。
　っていうか、ピークのときなどは、ここはラッシュアワー時の新宿駅状態になってしまっていることだろう。


　ところがご覧のとおり、9時前だとこういう写真が写せる。これはもう、「朝一作戦大成功！」ってところですね。

　さて、ここで少しだけ明月院の歴史に触れておこう。


　鎌倉時代に八代執権北条時宗が、父時頼の建てた最明寺（さいみょうじ）跡に蘭渓道隆（らんけいどうりゅう）を迎えて禅興寺（ぜんこうじ）というお寺を建てた。
　禅興寺は常に関東十刹の上位を占めるような大寺院だったという。そして当時明月院はその禅興寺の塔頭（たっちゅう:大寺院の中にある小さなお寺）の1つに過ぎなかった。

　のちに室町時代初期に関東管領上杉憲方（のりかた）が塔頭寺院として再興。その後親筋に当たる禅興寺の方は衰退して明治期に廃絶し、明月院のみが残ったのだから面白い。

　そんな関係もあって、お寺の中には北条時頼廟（びょう・死者の霊をまつる場所）や、上杉憲方の墓所と言われる鎌倉最大のやぐらなどがある。ただアジサイを見るだけでなく、是非ついでに見学していってください。

　ところでここまでのアジサイを見ていて、何か気がついたことはないだろうか？


　そう。明月院には基本的に青色のアジサイしかない。もちろん場所によっては別な色のアジサイや変り種のアジサイもなくはないが、基本的には普通の青いアジサイ一色だ。
　これは何故か・・・。

　ここでアジサイの花の出生の秘密（？）について触れておこう。

　アジサイの原産地は他でもない我が日本だ。そして元々日本にあったアジサイはガクアジサイ・タイプのものだったらしい。

　ガクアジサイの変種に皆さんご存知の丸いタイプ（手まり型）のものがあり、それが中国を経てヨーロッパに渡り、より大きく、よりカラフルなものに品種改良されて、日本に逆輸入という形で入ってきた。

　それがセイヨウアジサイ（またはハイドランジア）と呼ばれるもので、花屋さんとか、鎌倉のお寺で普通に見られるアジサイはほとんどがこれに当たる。

　ところが明月院のアジサイはセイヨウアジサイではないという。境内にこんな説明板があった。


　そう。明月院にあるアジサイは日本古来からの「姫アジサイ」と呼ばれる種類なんだそうだ。「（日本には元々）ガクアジサイの変種に丸いタイプのものがある」と先ほど書いたが、この「姫アジサイ」がそれに当たるのかもしれない。

　というわけでこの明月院では、お寺のポリシーとして青色の姫アジサイ一色にほぼ統一されているというわけだ。

　このことは人によっては「つまらない」と思う人がいるかもしれない。しかし、決して明月院におべっかを使うという意味ではなく、私は「よい」と思っている。元祖アジサイ寺としての品格を保っているような気がして。

　まあひょっとしたらこれは、地味な花が好きな私の嗜好によるものかもしれないけれど・・・。

　というわけで境内（けいだい）にあるお地蔵さんが手にしているのもこのように青いアジサイだったりしている。


　ここ数年長谷寺のアジサイがマスコミの話題に乗ることが多い。人によっては「アジサイ寺＝長谷寺」だと思っている人もいるようだ。
　長谷には他にも成就院（じょうじゅいん）というアジサイの名所があるため、我が北鎌倉にとっても長谷近辺はなかなかのライバル地域になっている。

　しかしあなたがもしアジサイの風情を求めて鎌倉に来るのなら、やはり北鎌倉地域が一番なのではないかと思う。少なくとも私はそう信じている。

　但し、平日の朝一に限りますよ。特に明月院に来るのなら・・・。