富士山　大登山記　その十

　（ 「富士山　大登山記　その九」　からの続き ）

● 下山する

　強風の吹き荒れる山頂を後にして、8時15分下山開始。

　最初はまだまだ日差しもなく、曇り空状態。
　しかし下に一面に広がる雲海がすごい。まさに雲の上を歩いているという感じ。日常では絶対に味わえない感覚だ。


　高度が下がるに連れ、徐々に雲が取れてきた。そして眼下に山中湖が見えてくる。

　8時32分。PRO TREKによる高度表示は3350m。ここで私はパーカーと手袋を脱ぎ、薄いセーター姿になった。徐々に暑くなってきたのだ。


　8時47分、下に山小屋の胸突江戸屋が見えてくる。
　下山している人たちから、かなりの土ぼこりが舞っているのが分かるだろうか。


　そう。前に人がいると、そいつが舞い上げた土ぼこりがモロに襲ってくる。私がわざわざドラッグストアで立体型マスクを買ったのもこのためだった。

　早速そのマスクを装着する。

　しかし、マスクをすれば確かに土ぼこりが鼻に入ることはなくなるものの、逆に呼吸が苦しくなるのは問題だった。 　まさに痛し痒しといったところだ。


　8時59分、胸突江戸屋に到着。この江戸屋の脇を回り込むようにして河口湖口に向う。右手の方に進んでいってしまうと須走口の方へ行ってしまうのだ。

　ネットで何度もそのことを目にしていた私は迷うことがなかったが、なるほど分かりにくい分岐だ。

　さて、ここから先は山小屋がない。
　もう最後のペットボトルを飲み始めていた私は、この江戸屋で1本購入しようかなあとも思ったのだが、500円することを考えて結局やめてしまった。

　トイレの方もまだ持ちそうなんで利用しなかった。


　地面はほとんど赤に近い。その赤い土ぼこりが時々激しく舞い上がる。

　鼻もそうだが、目に土ぼこりが入るのも相当まいった。
　そういえばコンタクトをしている人はスキーのゴーグルが必需品と何処かに書いてあったっけ・・・。


　時々このような大きなブルドーザーとすれ違う。物資はこうして上まで運ばれる。だからペットボトルの水1本が500円もするのだ。


　いったいいつ終わるのか。ジグザグな道があたかも無限地獄のように続く。

　「富士山は登るよりも下りの方がつらい」という人が案外多い。肯（うなず）ける説だ。
　行きはつらくても「どうしても登るんだ！」という強い意志の力がある。しかし下山時にはそれが全くない。だから精神的にまいるのだ。



　10時、下りをほぼ終え、真っ直ぐな道になる。
　しかしそこはバスの発着場のある5合目からかなり離れた場所（獅子岩というらしい）で、今度は横方向に向かって延々と歩いていかなければならない。ネットでもこれが河口湖口の短所であるとされている。

　時折上の写真の落石除けのトンネルが現れるのもこの道の特徴だ。最初のなどトンネル内は段差が大きくて歩きにくい。そのせいか、トンネルの外を歩く連中もいたっけ。

　それにつけても最後のこのだらだら道は、肉体的にというより精神的に相当こたえる。

● エンディング

　10時54分、遂に5合目の登山ゲートに到着。2日間に渡る富士登山完結のときだ。

　まだ軽く頭痛がしているのが気になるところだったが、足腰の方は特に問題なかった。
　普段高尾山程度の山でも帰りの電車の中で軽く腰痛を感じている私としては、これは奇跡に近い。

　記録を書いておくと、登りは1日目に4時間16分、2日目に2時間18分で計6時間34分、そして下りは2時間39分・・・つまり合計9時間13分。
　るるぶの富士山ガイドによると平均時間が9時間15分になっているのだから、中高年の私としてはまずは合格点を上げていいだろう。

　「よくやった」と珍しく自分を褒めてやりたい。家に戻ってからのビールが楽しみだ。


　そんなことより何より、どうだろう、この人の多さは！1日目より多いような気がする。

　ここにいる人のほとんどがまた富士山頂を目指すのだ。「本当に日本人って富士山が好きなんだなあ」とあらためて感心してしまった。

　それと、これだけ多くの人を見ても1日目のような孤独感に襲われなかったのは、「富士登山を成し遂げた」という自信からなのか・・・。


　11時30分、この水色の綺麗なバスに乗り込む。長い長い帰途の旅の始まりだ。

　帰りのバスは静かだった。流石にみんな疲れているのだろう。
　ただ、私の後ろの席に2人連れの若い女性がいてね。彼女たちは賑やかにお喋りをしていた。

　その女性たちの会話を聞いてびっくり。そのうちの1人が、何と単独で剣ヶ峰まで登ったというのだ！

　同じバスに乗っているってことは、ほぼ同じ時刻に山頂にいたはず。

　あの強風の中を、あの濃霧の中を、若い女性が独りで剣ヶ峰まで登ったとは！


　「富士山に一度も登らぬバカ、二度登るバカ」・・・私が最初に紹介した、江戸自体の昔からあるという言葉だ。

　今回の富士登山で「一度も登らぬバカ」からは脱却した私。
　しかしどうやらこの分だと「二度登るバカ」になりそうだ。

　今度は幻の剣ヶ峰を目指して・・・。