富士山登山記 2008　その七

　（ 「富士山登山記 2008　その六」　からの続き ）

● お鉢巡りを終えて、下山を開始する

　お鉢巡りの後半戦は特に何も見るべきものもなくて地味だ。

　最後の登りはちょっとバテた。そして頭痛は相変わらず続いていた。
　今回の高山病は、胃腸の調子がよかったせいか嘔吐感とはほぼ無縁だった。その代わりこの頭痛が前回以上にはっきりとしている気がする。

　それにしてもすごいところを歩いているなあ。日常では決して味わえない風景だ。


　9時50分、ぐるりと富士山頂を一周し、また河口湖口の頂上に当たる久須志神社まで戻ってきた。
　歩き始めたのがだいたい8時20分だったから、よく言われているとおりちょうど1時間半かかったことになる。

　ところで上の写真の後方を見ていただきたい。またびっくりするほどガスが発生している。
　どうやらこの日富士山頂が晴れていたのは、私がお鉢巡りをしていたわずかな時間だけだったようだ。

　私は運がよかったのだ。


　ちょうど10時に下山開始した私を待っていたのは、ガス・ガス・ガス。
　去年は大展望を見ながらの下山だったのに、今年はご覧のように“下界”も全く見えなかった。


　10時40分、ちょっと斜面の角度がきつくなったなと思った頃、胸突江戸屋に到着。

　この江戸屋から河口湖口と須走口に分かれる。前回は左の河口湖口に向かった。今回は未踏の地、右の須走口下山道に入っていく。


　11時、何もなかった下山道にポツポツとオンタデが目立つようになる。本当に生命力のある草花なんだなあ。

　それにしても何も見えない。
　このあたり、山頂はガスに包まれていたものの、登山時と下山時は快晴だった去年と全く逆だったりする。

　まあ贅沢言ってはいけないのかもしれない。何しろこの日東京では正午を中心に集中豪雨に見舞われていたというのだから。


　11時10分、一晩お世話になった大陽館に到着。
　須走口は登山道と下山道が基本的に別になっている。それなのに下山道にも大陽館とは、ちょっと不思議な感じだが、実は大陽館の手前で一度登山道と下山道が合流しているのだ。

　そのために大陽館に宿泊したときに「宿泊証明書」なるものを手渡される。そしてそれを持っていれば下山時に、普通なら200円かかるトイレがタダになるという仕組みだ。なかなか素晴らしい。
　というわけでせっかくなんで私もトイレを利用させてもらった。

　このあたりから、流石に少し腰に来始めていた。
　無理もない。朝5時からすでに6時間も行動している。いつもの日帰りハイキングならもうバス停や駅に戻っている頃だもの。

　ところで大陽館の高度は3000m前後のはず。それでもまだ頭が痛かった。
　普通なら高山病は高度を下げればたちどころに治るはずなのに、どうやら私にはそれが当てはまらないらしい・・・。

● 砂走りは地獄だった

　11時20分、大陽館を出発。ここからまた登山道と下山道がはっきりと分かれる。


　出発して3分後に急に斜度がきつくなった。
「まさか、まだこれは砂走りじゃないよなあ」と私は思っていたのだが、立派にそれが砂走りだった。

　砂走りとは、火山砂が堆積した急斜面に付けられた道で、ほぼ直線に下る効率のいい下山道のこと。「砂の上を飛ぶように走れる」ということから砂走りという（ちなみに御殿場口にはもっとすごい大砂走りがある）。

　ところがこの砂走り、評価が二分されている。「飛ぶように走れて楽しい」という人と、「楽しくもなんともない。非常に歩きづらい」という人に、極端に分かれるのだ。

　で、私はどうだったかというと、やはりあまりいい印象は持てなかった。
　っていうか、悪い印象の方が強い。快適に飛ぶように走る・・・どころではないのだ。

　実際、ものすごい速度で下りていく人もいるにはいたが、あれは若いからできるのだろう。中高年にはつらいだけの道って気がする。


　そんな砂走りがひたすらに続く。
　ここで私が手帳に書いた文章を紹介しよう。

　　　　　　11時36分、2800m地点。
　　　　　　頭痛いし、いつまでつづくのよ。

　　　　　　・・・

　　　　　　11時43分、2715m地点。
　　　　　　なんでこんなに頭痛いんだろう。
　　　　　　ここから石が多い。
　　　　　　それと鼻水、ズルズル。

　　　　　　・・・

　　　　　　11時52分。水なくなる。
　　　　　　展望がない分、無限地獄だよ。

　こうしてみると、砂走りのつらさもさることながら、相当な頭痛に悩まされていたことが分かる。
　やはり私の頭痛は下山して高度を下げても急には治らないタイプのものらしい。こうなるとバファリンか何かを飲みたくなる。


　11時57分、一度は潅木に入っていく。「おお！やっと砂走りが終わったのか！」と安心していると、またすぐに始まる。

　「いい加減にせい！」と言いたくなる瞬間だ。

　「あっぱれ！富士山」の砂走りに関する部分を抜き出してみよう。


　実はこの砂ぼこり地獄の方はこの日はほぼ無縁だった。
　去年は砂走りのない河口湖口の下山路ですら鼻の中や耳の中が真っ黒になったものだが、今年は今朝まで振り続いていた雨のせいで、全く砂ぼこりが立つことがなかったんだ。
　だから今回マスクもとうとう使わなかった。この点では救われた。


　12時13分、吉野屋のある砂払5合目に到着。ここでやっとつらい砂走りが終わったのだ！

　吉野屋は宿ではなく、茶屋だ。何人かの人がそこで休んでいたが、私はスルーした。
　っていうのも、余裕があるはずだったバスの時間が迫ってきていたのだ。

● 5合目まで戻ってくる

　12時41分、2軒の山小屋のある新5合目に遂に到着！

　東富士山荘の方のお兄さんが私に近寄ってきて「帰りのバスの切符はお持ちですか？」などと盛んに営業してくる。ちょっとウザかったが、最後にお茶をご馳走してくれた。


　これがそれ。
　キノコの香りのする独特なお茶で、それでもおいしかった。

　「東富士山荘」のご主人はきのこに詳しく、食事のメニューにもきのこを使ったものが多数用意されているとのこと。
　もう10分時間が早ければきのこうどんあたりを食べてもよかったのだが、バスの発車時間は1時ジャスト。残念ながら少し間がなさ過ぎる。

　というわけで丁寧にお茶のお礼を言い、バス停に向かったのであった。


　12時44分、無事ゴール地点の新5合目バス停に到着。
　ここで今回の富士登山の記録を書いてみよう。

			標準時間		実際の時間
1日目	新5合目→大陽館		02時間50分		03時間17分
2日目	大陽館→山頂		02時間50分		03時間02分
2日目	お鉢巡り		01時間30分		01時間30分
2日目	山頂→新5合目		02時間25分		02時間44分
	合　　　計		08時間35分		10時間33分

　こうしてみると結構苦戦しているなあ。
　やはり富士山は楽な山じゃない。

　それにしても2日目の行動時間の合計は7時間16分かあ。もうこれだけでも1日の行動時間としては過去最高だ。よく頑張ったよ。

　ところで5合目まで下りてもまだ頭が痛かった。予想通りだ。どうやら下界まで取れそうにない・・・。

● エンディング

　12時53分、近くで待機していた御殿場行きのバスがバス停にやってきたんで、早速乗り込む。

　もちろん座れたけれど、驚いたことにそのバス、そのうち満席になってしまった。すなわち私の隣にも汗臭いおっさんが後から座った。
　一昨年あたりだったら須走口でこんなに混むなんてことはなかったんじゃないかなあ・・・。

　椅子に座り込んだ私が感じていたものは、第一に疲労よりも頭痛だった。この頭痛は小田原あたりになるまでとうとう治まらなかった。

　1時0分、定時にバスが出発する。
　また帰りも、バスは妙にのんびりと富士山を下っていった。

　車内は基本的には静かだったが、私の周りには中高年の団体がいて、そのうちの1人が運転手に食事のできる温泉施設のことを訪ねていて少し賑やかだった。

　温泉かあ。私も家に着いたら、まずはシャワーを浴びたい。多分私も隣に座っているおっさんのように汗臭いのだろうから・・・。


　こうして私の2度目の富士登山が終わった。

　結果的には登山時も下山時もぱっとした天候ではなかった。っていうか、雷にまで襲われ、かなり危なかった。

　それでも私が富士山頂にいる間はよく晴れていてくれていたために、去年涙を飲んで中止したお鉢巡りができたこと、無事日本一高い剣ヶ峰を踏めたことで満足している。

　3度目があるかというと、これは流石に微妙だ。
　恐らくバスに乗っていたときの私は「もう富士山はいいよ」と思っていたに違いない。

　だけど、こうして少し間が開くと、あの苦しかった富士登山が懐かしく思えるようになってきている。

　このまま低山歩きを続けていれば、また何度も富士山の雄姿を拝むことになるだろう。
　そのとき私はこう思うかもしれない。

「今度は0合目から登ってみるかなあ・・・」。