富士山登山記 2008　その五

　（ 「富士山登山記 2008　その四」　からの続き ）

● ご来光もどきを見る

　8月5日未明、私は目覚める。
　「目覚めた」ということはどうやら多少は眠れたらしい。

　それでも実質眠れていたのは夜中の1時から3時50分ぐらいまでだろう。
　ってことは睡眠時間2時間50分か。ひどいな。

　4時10分になり、朝食を山小屋で取る人たちが呼ばれ始めた。随分早い朝食だ。「どうせ今日はご来光は拝めっこないから」ってことなのか。

　やはり私は高山病に見舞われていた。頭が痛いというよりも重かった。
　ただ気持ち悪さはなかった。一番心配していた首も思っていたほど悪くはなっていなかった。

　とりあえずちょっと外に出てみることにした。
　何しろ夕べ6時に山小屋に入って以来一歩も外に出ていない。外の空気が吸いたかったんだ。

　やはりまだ小雨が降っていた。そして当然空は厚い雲に覆われていた。

　しかし東の方角だけ多少雲が切れている部分があり、そこに若干朝焼けが見られた。

　あわてて寝床に戻り、一眼レフカメラを手にした。

　傘でカメラを濡らさないようにしながら撮影を行った。
　最初はISO 1600にしてもシャッター速度は1/30秒から1/60秒だった。それでも写せないほどでもない。そのうちISO 800で行けるほど明るくなってきた。


　これは4時48分に写した写真。データはISO 800、F4.5で1/80秒。

　完全なご来光というわけにはいかなかったが、この日の天候を考えれば十分だろう。

　私はそうやって4時23分から50分ぐらいまで撮影を行っていた。
　いい加減な格好で撮影を行っていたのに、全く寒くなかった。フリースが中に入っている分厚いパーカーを着込んでいてもブルブル震えていた去年とはえらい違いだ。

　ところでこの「ご来光もどき」を見たのはわずか10人ほどでしかなかった。多分他の連中は最初からあきらめていたのだろう。

　「あきらめる」といえば、肝心の私はどうするのか。こんな小雨まじりの天候でも山頂を目指すのか。それとも夕べ食堂で出会った女性たちのように、「無事に家に帰れれば十分」とするのか。

　山小屋の中に戻ったときに、フロントのところにいたスタッフに「天気、どうでしょうねえ」と尋ねてみた。
　すると「さあ」という気のない返事。「さあ」はないでしょう。「すいません、ちょっと分からないんですけれど」ぐらい、言えんのか。大陽館のイメージが少し悪くなった。

　寝床に戻ってくると、知恵遅れの親子も、大イビキ親父も、その隣の3人組の女性も、みんなもう起きていた。
　あの大イビキ親父は、自分が周りの人間にかけた迷惑のことを、はたして知っているんだろうか・・・。

● それでも私は山頂を目指す

　私がいつ登頂を決意したのか、よく分からない。「とにかく雨も小降りになったんだし、頑張ってみよう」という気を起こしたようだ。


　5時10分、山頂を目指して山小屋「大陽館」を後にした。このとき近くにいた大陽館のスタッフのお兄さんに「ありがとうございました」と声をかけたら、彼はちゃんと挨拶を返してくれたっけ。
　これでまた大陽館のイメージが少しよくなった。


　雨はわずかに降っているに過ぎなかった。無風で、気持ち悪いほど暖かく、グレーの毛糸のセーターにユニクロのソフトエアテック・フィールドブルゾンで十分だった。

　去年と同じで、振り返って山小屋を写した絵は、真下に薄っすらと下界が見えていてなかなかに素晴らしい。
　左上に薄っすらと写っている湖は恐らく山中湖なんじゃないかと思う。
　やっと富士山らしい光景を見せてくれたじゃないか。


　ただ、驚くべきことに何とわずか10分ちょい歩いただけで、もう私はバテ始めていた。

　寝不足が一番の原因だろう。しかし今日は朝食を食べていない。だからシャリバテの恐れもある。

　そこで秘密兵器のこの「ウイダーinゼリー エネルギー」を取り出して食べた。
　うまい！

　思えばウイダーinゼリー エネルギーを一番最初に食べたのは、まさに1年前の富士登山のときだった。
　山頂到着直前に試しに食べてみたのだが、そのときは味にも効果のほどにも大いに疑問を感じていた。

　それがどうだ。今年の6月の丹沢・表尾根縦走のときあたりから、すっかり「頼れるやつ」になってしまっていた。

　ついでに「お弁当も食べてしまいたい」と思ったのだから、とうやら胃腸の調子はよさそうだった。
　これなら山頂まで何とかなりそうだ。

● 淡々と山頂を目指す

　5時30分を過ぎ、雨がやんだ。どうやら天候は回復に向かっているようだ。

　最早森林限界を完全に超えていた。それでも最後まで頑張って咲いていたのがこのオンタデ。

　5時40分頃に出会った高年の夫婦（恐らく写真に写っている2人）が私に「この花は何ですか」と質問してきた。一眼レフカメラで写しているから相当花に詳しいと思ったのだろう。

　ところがそのときの私はまだオンタデという名前を知らず、教えてあげられなかったのがとても残念だった。


　5時56分、白い鳥居のある見晴館に到着。そこの案内に「標高3200m」とあった。とうとうここまで来たか。

　ここの売店を見てびっくり。大陽館で550円したポカリスエットが450円で売られていた。普通は上に行けば行くほど値が上がるのが富士山の常識だから、これは珍しい。
　ちょうどこの手前でアクエリアスが切れたってことで、迷わず1本買った。

　ちなみに缶ビール 600円、おしるこ 300円、カレー 1000円、携帯酸素 1500円である。


　6時26分、「皇太子殿下御宿泊所」と書かれた8合目の江戸屋に到着。このあたりから登山客の姿が急に増える。
　というのも、須走口の上は河口湖口と合流しているからだ。


　これを見ていただきたい。
　右上から下りて来ている太くて赤い線が河口湖口ルートだ。2本あるのは登山用と下山用が分かれているため。
　一方右側から破線で描かれているのが須走口。私が泊まった山小屋「大陽館」の文字も見えると思う。

　そして2つの登山ルートは8合目で合流する。だから急に登山客が増えるのだ。
　特に未明は、山頂でご来光を見ようとする人たちが集中し、このあたりから大渋滞になる。


　これは本8合目の手前。登る人、下る人が合わさり、未明じゃなくてもご覧のとおりの渋滞である。


　6時48分、本8合目の胸突江戸屋、トモエ館のあたりに到着。下山時に河口湖口と須走口とに別れる場所で、石柱の「これより浅間大社境内」という文字にも見覚えがある。
　去年私は河口湖口から富士登山を果たし、再び河口湖口へと下山した。そのときもここを通っている。

　つまり私はやっと見知った場所に到達したのだ！

● 最後のひと踏ん張り

　更に登山は続く。7時を過ぎると、休む回数が明らかに増えてきた。
　つらい。去年よりも明らかにずっとつらい。寝不足ってここまで響くものなのか・・・。


　7時20分を過ぎると、急にガスが強くなってきた。

　そういえば去年も山頂が近づくに連れガスが強くなってきたっけ。今年も同じなんだろうか。また山頂は荒れているのだろうか。

　7時28分に私は手帳にこう書いている。

　　　　　　ガスで何も見えんし、つらいだけかも・・・

　もしまた山頂が深いガスに覆われていて荒天だったとしたら、また今年もお鉢巡りができないことになる。
　だったらいったい俺は何のために富士山を登っているのだろう。何のためにこんなつらい思いをしているんだろう・・・。


　7時33分、9合目の白い鳥居に到着。今年も柱にはめ込まれた1円玉や10円玉が目立っていた。

　7時37分、本日2つ目のウイダーinゼリー エネルギーを口にする。まいっていた証拠だろう。

　この頃になると、休もうとして1回座り込むと脚にどっと疲労が来ているのがはっきりと分かった。息も切れ出し、とにかくつらい。


　8時前にガスがウソのように消え去る。にわかに姿を現す山頂！

　渋滞が更に激しくなり、同時に道端でへばっている人の姿も目立つようになってきた。

　他人事じゃない。こっちだって相当ヤバかった。だから渋滞でペースダウンしたのはちょうどよかったのかもしれない。

　それと何故かこのあたりから、鼻水がツツツと出るようになっていた。なんだよ、こんなの去年はなかったぞ！


　8時9分、遂に最後の白い鳥居が見えてくる。山頂目前だ！

　私の目の前を歩いている人たちが金剛杖を地面に突き立てるたびに、金剛杖についている鈴がシャンと鳴る。

　シャン、シャン、シャン・・・。

　その音に合わせるように、最後の力を振り絞って、一歩一歩鳥居に向かって歩いていった私だった・・・。